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| 進化するGoogle (Google’s Evolution) *ベイエリア最新事情2005年10月11日* |
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Wi-Fi(高速無線LAN)サービスを狙うグーグル
最近のサンフランシスコ・ベイエリアは、毎日のように「Google(グーグル)」の名前がメディアの間で踊っています。極めつけは、金魚が金魚鉢から飛び出したような、グーグルの通信業界への挑戦です。グーグルは、9月30日、サンフランシスコ市が募集していた、「市内全域のWi-Fiサービス計画」に、無料のワイヤレス・インターネット・コネクションサービスの提供を申請しました。これは、SF市長のGavin Newsom(ギャヴィン・ニューサム)が、デジタルデバイドに苦しむ低所得者層にインターネットアクセスの機会を提供するために、45日の入札期間で各企業に受注申請を呼びかけていたモノです。 通信業界の巨人たちを恐れさせるグーグルの潜在能力 このグーグルの申請は、テレコム(電話会社)、ISP、ケーブルTV会社など、Wi-Fi事業関連の既存企業、およびグーグルの直接的な競合のインターネット企業に大きなショックを与えました。実際にグーグルがこれを受注した場合、電話線やケーブルモデムによるブロードバンド接続に多額の投資をしてきた、SBC Communications(SBCコミュニケーションズ)、Comcast(コムキャスト)は、自社の有料契約者を失うことになり、Yahoo(ヤフー)、MSN、AOLといったポータルサイトも、グーグルの直接ネット接続サービスで、ポータルユーザ流出の可能性も出てきます。10月5日には、フィラデルフィアが市内Wi-Fiサービス計画の受注を、EarthLink(アースリンク)に決定しています。こうした具体的な動きによって、全米レベルで各都市がフィラデルフィアやSFに続けとばかりに、「Wi-Fiサービス計画」へ動き出すことは予想されます。SF以外は着手しないと発表したグーグルですが、株式上場で41億7,000万ドル(4,587億円)を調達し、71億ドル(7,810億円)近いキャッシュを持つグーグルは、SFをモデルケースにして、全米展開も充分可能です(円換算1ドル =110円)。 グーグルの増殖活動の活発化
マジックを持つグーグル? ここで、注目されることは、グーグルは、さまざまな分野における知識や経験の集積ともいうべき、人材の雇用やR&D機能を強化して、「大胆な挑戦者」として、よどみなく動き回っている点です。今朝(10/07)のSF Chronicle (SFクロニクル)紙によると、昨日SFで開かれた「Web 2.0 Internet Conference」で、ライバル企業のヤフーのCEOのTerry Semelは(テリー・セメル)、グーグルについて「今までのところ彼らにはプランがあるように見えない。でも明日には魔法によって、それが現れるのかもしれない」と発言しています。この言葉がいみじくも「グーグルの進化」を見事に言い当てているように思えます。 成功する企業の条件は「チェンジ・エージェント」 経営学巨人で、自らを「社会生態学者」と規定するP. F. Drucker(P. F. ドラッカー)教授は、著書「Next Society(ネクスト・ソサイエティ)」(上田惇生訳、ダイヤモンド社発行)で、企業が21世紀で成功するために求められる姿勢は「チェンジ・エージェント」であると指摘します。教授によると、「組織が生き残りかつ成功するためには、自らがチェンジ・エージェント、すなわち変革機関とならなければならない。変化をマネジメントする最善の方法は、自ら変化をつくりだすことである。経験の教えるところによれば、既存の組織にイノベーションを移植することは出来ない。組織自らが、全体としてチェンジ・エージェントへと変身しなければならない。」と規定し、そのために以下のことが必要だとしています。 1)成功していないものはすべて組織的に廃棄しなければならない。 教授はさらに、「全員が、変化を脅威ではなくチャンスとして捉えるようになること」が重要だと語っています。シリコンバレーで、グーグルの活動を見ている私は、この教授の示唆する「チェンジ・エージェント」の姿を、今のグーグルに見ることができます。 PS: 時のたつのは早いモノで、1999年10月、グーグルの創設者のひとりSergey Brin(サージェイ・ブリン)に直接インタビューしてから、6年の歳月が流れています。当時、超高性能サーチエンジンとして話題を集め始めていたグーグル。それに注目した集英社の雑誌「BART(バート)」から、「ひさみ@BAYAREA」という月間コラム連載の執筆と、取材コーディネートを依頼された私は、当時24歳だったブリンに直接インタビューすることができました。ちょうどグーグルは、その年の8月シリコンバレーのMenlo Park(メンロー・パーク)のガレージから、Mountain View(マウンテン・ヴュー)のオフィスに移転したばかりで、彼の部屋には、ダンボール箱や自転車などが置かれ、売り出し中のテクノロジー企業の創設者の部屋というよりは、スタンフォードの学生の部屋という感じで、社内の自由でクリエイティブなムードがとても印象的でした。今では、創設者2人へのインタビューは非常に難しく、滅多に彼らの肉声を聞くことはありませんが、6年前のブリンとのインタビューで、彼の未来を見据えたエネルギーを感じたのは、確かです。 |
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大柴ひさみ (Hisami Ohshiba) 1979年外資系広告代理店電通ヤングアンドルビカム(DY&R)に入社、外資系企業の広告マーケティングを16年間担当。1995年にカリフォルニアに移住し、米国大手広告代理店やダイレクトマーケティングの会社勤務などを経た後、1998年2月JaM Japan Marketing(http://www.jamjapan.com/jp/)を設立。2001年1月ビジネス拡大のために、JaM Japan MarketingをLLCとして組織変更する。海外市場進出を目指す日米企業を対象にクロスカルチャーなナレッジをベースに、マーケティング戦略の開発立案、市場調査分析、広告PR、ローカリゼーションを含むコンサルティング活動を提供。講演・執筆活動も多く手がけている。 大柴ひさみの初の書籍「ひさみの冒険」がひつじ書房より発行されています、詳細はこちら(http://www.hisami.com)で。また、大柴ひさみの近況がわかるブログもゾクゾク更新されています。ご意見・ご質問歓迎します。 |
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