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太平洋半分横断の航海
(Sailing Voyage - Halfway Across the Pacific)
*ベイエリア最新事情2005年6月17日*

無事に「太平洋半分横断の航海」から戻りました

カフルイに到着。航海前に友人たちに贈られたシャンパンを手にして(「ひさみをめぐる冒険」ブログより)
6月13日の深夜、ハワイからサンフランシスコに戻りました。5月21日に36フィートのセールボート(ヨット)でサンフランシスコのゴールデンゲイト・ブリッジをくぐり、「太平洋半分横断の航海」に出発。6月5日まで15日間かけて、マウイ島のKahului(カフルイ)に到着しました。14日間は比較的平穏な航海でしたが、「アドベンチャーに出かける」と言って航海に出た私の言葉を証明するかのように、最終日の夜中に事故が発生しました。マウイ島沖50海里(Nautical Mile*)で、およそ35ノットの強風に見舞われジャイブを繰り返して、メインマストが折れ、モーターエンジンによって、翌朝カフルイの商業港に緊急帰港しました。事故の起きた時点ではホノルルの湾岸警備隊に連絡を取り、最悪の状態を予想して緊急体制に入るほどの状況で、もしあと1日早くこれが起きていれば、セールボートを捨てて救助を仰ぐ結果になったと思います。6人のクルーメンバーは怪我もなく、無事に陸(おか)に上がれたことに、ひたすら感謝しています。

*海里(Nautical Mile):海面上の長さや航海・航空距離などを表すのに使われる距離の単位。地球の大円上における1分の長さとして定義されており、その長さは1,852メートル。この定義は、1929年にモナコで開かれたInternational Extraordinary Hydrographic Conferenceで採用された。それまでは、アメリカおよびイギリスで6,080フィート(1,853.184m)という値が用いられていた。海里は赤道上における1分の長さであるので、海里は子午線上での緯度の差として表れる。単位表記はM , nmまたはnmiである。nmはナノメートルの意味としても使われるが、使用される状況が異なるので、実際には混乱はほとんど生じていない。毎時1海里の速度をノットという。すなわち、1ノットは毎時1,852メートル。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

私たちが航海した実際の位置情報。注)最初の3日間はSSB(Single Side Band)のRadio(無線)によるEmail にアクセスすることができず、サンフランシスコから西海岸を南下している最初の部分がトラックダウンされていません。
ホノルル空港からサンフランシスコ空港までの帰りの飛行時間は、およそ5時間。この間、広大な太平洋を夫ともに上空から眺めながらのフライトでは、6人のクルーが24時間を常時ヘルム(舵)を取り、「Trade Wind(貿易風)」を頼りにして15日間、およそ2,200海里をセーリングしたことが、嘘のような気がしていました。

I-Mediaの私のコラムのタイトルは「HISAMIの情報偏西風**」ですが、その逆向きに吹くのが「偏東風(Trade Wind:貿易風)***」です。今回の航海で夫と私が勝手に「Pineapple Express(パイナップル・エクスプレス)」と名付けた「偏東風(貿易風)」は、太古以来多くのPacific Ocean Islanders(太平洋海洋民)が、島々の航海に用いた重要な「風」です。いったん、この風をつかまえて乗ってしまうと、まるでハワイ諸島に向かって、巨大な波にのりながらサーフィンをしている状態となり、一気にセールボートは太平洋を走り出します。

**偏西風:地球の回りを西から東へ向かって吹いている風。地上ではなく、上空で観測される。地球の北極・南極に近づくほど寒く、赤道付近に近づくほど暖かいという「温度差」と、地球が自転している、という2つの原因によって起こる。偏西風は、南北の温度差が大きく、自転の効果も大きい中緯度地帯(北極・南極や赤道付近以外の地域)でよく見られる。

***偏東風(貿易風):偏西風とは逆に、地球の回りを東から西へ向かって吹いている風。地球が自転しているために起こり、南北の温度差はあまり無いが、自転の効果が大きい赤道付近でよく見られる。北極や南極の回りにも、弱い偏東風が吹いている。(出典:http://www.gifu-net.ed.jp/kishou/bbs/ans/a0074.htm

太平洋の真ん中で時々現れた15フィート(4.6m)にものぼる巨大な波は、地球が呼吸しているかのようにうねり、とてつもないエネルギーを感じました。この広大なうねりの中で舵を取りながら、うっかり後ろを振り向くと、まるでギリシア神話のゴーゴン(Gorgon:毒牙を持ち髪の毛の代わりに生きている蛇が生えている女性の魔物。ヘシオドスの「神統紀」では、海神の娘たちのステノ、エウリュアレ、メドゥーサの3人を指す)が現れ、それを見て石にされるような恐怖感を覚え、必死に振り向かないようにしたことを思い出します。

航海の日々

サンフランシスコからマウイ島のカフルイまでは、Rhumb Line(直接的距離)では2,050海里ですが、実際にはおよそ2,200海里かかり、風速はゼロから35ノットまで時々刻々と変化し、平均15〜20ノットで航行しました。我々クルー6人は、以下の2時間ずつのワークをこなしました。

  • 2時間:Helm(舵を取る)
  • 2時間:Trim/ Look out(セールを風向きに合わせて調整することと、海上の見張り)   
  • 2時間:Others(ログの記録、ナビゲーション、クリーニング、クッキング)
これが終わると12時間のOff Timeとなり、自由行動(睡眠を含む)が可能です。このローテーションを繰り返すので、私たちの1日は通常の24時間から18時間を1日の単位とする生活となり、私たちの興味は、「寝る」、「食べる」、「ワーク」の3種類に絞られます。睡眠時間の確保は、非常に難しく、夕食後8時に就寝して夜中の12時に起き、その後6時間は上記のワークをし、早朝6時に就寝というパターンもしばしばあり、寝る時間をどのように管理するかがポイントとなります。さらにセールボートは15日間ノンストップで走り、ほとんどの場合進行方向に向かって左に鋭く傾いており、私は落ちないように右側の壁面の縁にしがみつくようなカタチで寝る毎日でした。さらにWater Maker(真水精製器)がないため、水をいかに使わずに生活するかが最も重要なポイントで、食器や衣類を海水で洗い、クルーはBaby Wipeで身体をぬぐい、15日間真水のシャワーなしの記録を打ち立てました(人間はどんな環境でも何とか適応できる術をもっています)。

結果、得たことは何?

「この太平洋半分横断の航海を経て得たことは?」と聞かれて、私の答えは「Lots of water!(想像を絶する巨大な海)」と「Be patient(忍耐)」です。太平洋の真ん中では「風を待つ」、「風をつかまえる」、これしか陸(おか)に到着するための方法はありません。人間がコントロールできることは、本当にたかがしれています。しょっちゅう日米間を飛行機で往復し、長距離通勤などとうそぶいていた私は、その自然のスケールと凄さを完全に忘れていたようです。太平洋の海が教えてくれたことは、月並みな言い方ですが、「自然への畏怖と感謝」を実感できたこと。さらに以下のような素晴らしい「自然の美しさ」を眺め、感じて、一体化できたことにつきます。

  • 「シャンデリアのように輝く、満月の凄まじいほどの明るさ」
  • 「打ち上げ花火のように、私の目の前を走っていった緑色の流星」
  • 「数えきれない満天の星々」
  • 「オレンジ色に輝き、目玉焼きのようにおいしそうな夕陽」
  • 「月も星もない、夜の底知れぬ暗さ」

夜中に舵を取っている時は、「夜の底知れぬ暗さ」に身を置いて、羅針盤が指し示す方向だけを見ながら、過去の出来事が走馬燈のように浮かんできました。米国移住以来10年、いつも走り続けていた私は、この太平洋の真ん中で、初めて立ち止まり、自分の過去を振り返り、その不思議な感覚に身を任せることができました。

「日本人は、海洋民族だ!」

先月の日本出張で、いつもように大好きな歴史小説を買おうとして、ふと目について手に取ったのが、白石一郎さんの「海のサムライたち」という文庫本でした。彼が描く、かつて日本に存在していた「海洋民」としての日本人の思考および行動の独創性が、航海を前にしていた私の気持ちと重なり、思わず「熱く」なり、一気にはまってしまいました。白石さんは、本の終わりに「日本にとって鎖国制度がもたらしたものといえば、極論すれば、徳川幕府が270年間も崩壊を免れたということに過ぎないのではないか。四面環海という立地条件に恵まれながら、日本は海を防壁としか考えない国家となった。日本人は、揃って海に背中を向け、狭い国内だけをみつめて過ごす習性を身につけた。そのためものの考え方も陸地中心に限定され、遙かに広い海を忘れてしまった。」と書いています。私は早速白石さんの「海狼民」、「海王民」という、世界に飛び出した戦国時代の日本の海賊を描く海洋冒険時代小説のシリーズを買い込み、全日空の飛行機の中で一睡もせずに読みきりました。

そうです、日本人は海洋民族としてのDNAを持ち、鎖国前は何10万の人たちが、死を賭して東シナ海や南洋の海に飛び出し、「倭寇」や「傭兵」(サムライは当時世界最強の兵士でした)として外国の戦争に参加して、周囲の国々を震え上がらせ、はては「国王」として(山田長政はシャムのリゴールの国王になっています)、アジアに君臨するまでの活躍をしています。「四面環海」の立地条件は、日本人にとって強烈なアドバンテージで、世界に飛び出すための最高の立地条件です。航海を終えた今は、そんな海洋民族としての熱い冒険心を活かして、実際に海に飛び出した喜びに満ち溢れています。


大柴ひさみ (Hisami Ohshiba)

1979年外資系広告代理店電通ヤングアンドルビカム(DY & R)に入社、外資系企業の広告マーケティングを16年間担当。1995年にカリフォルニアに移住し、米国大手広告代理店やダイレクトマーケティングの会社勤務などを経た後、1998年2月JaM Japan Marketing(http://www.jamjapan.com/jp/)を設立。2001年1月ビジネス拡大のために、JaM Japan MarketingをLLCとして組織変更する。海外市場進出を目指す日米企業を対象に、クロスカルチャーなナレッジをベースにマーケティング戦略の開発立案、市場調査分析、広告PR、ローカリゼーションを含むコンサルティング活動を提供。講演・執筆活動も多く手がけている。2003年2月初の書籍「ひさみの冒険」がひつじ書房より発行 (http://www.hisami.com)。ご意見・ご質問はhisami@jamjapan.comまで


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